素晴らしき民藝たちに会いに行く「東京国立近代美術館/民藝の100年」
東京国立近代美術館は、千代田区にある北の丸公園内に創設された日本で最初の国立美術館です。美術館周辺には皇居、武道館などもあり東京の中心地ともいえる場所。今回は、こちらで開催されていた「民藝の100年」をご紹介します。芸術という枠を大きく超え、社会全体にまで大きな問いを投げかけた「民藝」の魅力を伝えます。
東京国立近代美術館は、13,000点を超える国内最大級の所蔵作品(コレクション)が特徴の長い歴史をもつ美術館です。明治~現代までのさまざまなジャンルの名作が揃っており、日本美術史の流れを辿ることができる所蔵作品展(MOMATコレクション)は大変見応えがあります。さて、今回訪れた「民藝の100年」展は、全国各地の「民藝」が集結した注目の展覧会としてさまざまなメディアに紹介されました。「民衆的工芸」の略である「民藝」は、柳宗悦らによって提唱された概念であり、民衆の手によってつくられた機能的で健康的な美しさを持つ生活用具やその制作活動のことをいいます。それまで美術の分野からは除外され、誰も気に留めていなかった日用雑器のもつ魅力に着目し、美的な価値を認めようとした「民藝」は当時とても画期的な考え方でした。素朴で手仕事の良さや郷土色が感じられるのが「民藝」の魅力。現代の私たちにとっては日用品というよりも、懐かしい・素晴らしい工芸品・レトロでお洒落なアイテム!という感想を抱く人の方が多いかもしれませんね。
「秋草手」という名で親しまれている朝鮮の焼き物。抒情性のある秋草手は、朝鮮独特の感性があらわれている。柳宗悦は朝鮮の手工芸にも大きな影響を受けた。
出典 国立文化財機構所蔵品統合検索システムhttps://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/TG-233?locale=ja
2 「民藝の100年」展のみどころ
「民藝の100年」展の特徴として、貴重な品々を鑑賞できるほか、民藝の生産から流通までの流れ、民藝が社会活動や経済へも大きく影響を与えたことに着目している内容だということが挙げられます。民藝を大勢に認めてもらうために、人やもの、情報を繋ぐネットワークが必要だと考えた柳宗悦らの活動は、農村地方の生活改善や景観保存などといった社会問題の提起にまで広がったことは、民藝を語るうえで見逃せないのです。ですから、純粋に「民藝が好き!」という方も、民藝というものを学術的な視点から捉えたいといった方にも楽しめる構成になっているのです。私は目黒区にある「日本民藝館」に何度か足を運んだこともあり、民藝の魅力をマイペースに楽しんでいる人間の1人。今回の展示品リストを観ると、日本民藝館所蔵のものが多くを占めていましたが、遠方の施設からはるばるやってきた作品もあり、心躍らせつつ足を運びました。
3 ありふれたものが美術館の陳列ケースに「丹波布夜具地」
最初に気になったものは、展示室2にあった<丹波布夜具地>という品です。江戸~明治時代に丹波(現在の兵庫県)の朝市で柳宗悦が手に入れたものと説明書きがありました。これは、京阪地方(京都と大阪の間の地域)で、かつて布布団として使われていたもののようです。茶色・緑・藍色・白などを用いた、いわゆるチェック柄を思わせるデザインの布地なのですが、手紡、草木染の木綿ということで、自然な色合いがとても優しい雰囲気。市場で当たり前のように売られていたものが、100年後には美術館に陳列されているということに何だか不思議な気持ちになりました。
<木綿衣> 北海道アイヌ・19世紀
ウィーン万国博覧会にも出品されたアイヌの木綿衣。アイヌ民族独自の生活用具も民藝の1つとして紹介された。
出典 国立文化財機構所蔵品統合検索システムhttps://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/K-25662?locale=ja
4 日用品の“美”「燭台」
私にとって、さまざまな思いを巡らせるきっかけとなったのは江戸時代につくられたとされる<燭台>です。燭台とは、ろうそくを立てるための道具なのですが、ろうそくを使うことが減ってきた現代の一般家庭では、見かけることがだんだんと少なくなっているかもしれませんね。使いやすさを考えた末に自然と出来上がった形は、シンプルで無駄のない美しさ。人々が使い込んでできたであろう傷やスレも味わいを感じます。「明かりを灯す」という、どこか温かな行為のためにつくられた燭台は時代と共にさまざまな形のものが作られてきたそう。身の回りのものがどんどん手軽に便利になっていくことで、不要になった日用品は過去にたくさんあるでしょう。その便利さの裏に、このような素晴らしい道具たちが姿を消していくことに少し寂しさも覚えました。
5 1930年に作られたお洒落で素敵なネクタイ!「ににぐりネクタイ」
約100年も前に鳥取県で生産されていたという<ににぐりネクタイ>も一目見て惚れ惚れしてしまいました。シルク特有の品の良い光沢感は質の良さを感じさせ、とってもお洒落!ネクタイとしてはもちろん、インテリアとして部屋に飾っても素敵だと思わせるほどです。そして<ににぐりネクタイ>は、デザインと品質の素晴らしさだけでなく出来上がるまでの過程も素晴らしいことに感動しました。なんと制作のために、農閑期の農家の女性の時間と技術を労働力として活かしたそう。近年注目を浴びている「エシカル=人や社会、環境、地域に配慮した行動」を早くも実践していたのですね。さらに展示内では、イカがたくさんとれる鳥取県でイカ墨を原料に<セピアインク>が開発されたことも紹介しており、地域の文化や風土を生かそうという民藝の理念も垣間見ることができました。
6 雑誌「工藝」は現代人の当たり前を覆す素晴らしさ
「工藝」は民藝運動に関する機関誌として、今も民藝好きな人々の間では知られている雑誌で、柳宗悦によって1931年に聚楽社から刊行されました。内容もさることながら、驚くのは本自体が工芸品と言われるほどの装丁の美しさ。漆や手織布など日本の伝統工芸を用いて創作されており、ページには貴重な和紙が使われています。じっくりと見れば見るほど凝ったデザインと丁寧なつくりであることが伺えて、柳宗悦らの民藝に対する熱意が伝わってきます。雑誌といえば、長く保存するというよりは一定期間楽しむもの、という私たちのイメージを覆す発想には驚くばかり。
7 まとめ
近隣に桜の名所や皇居、北の丸公園などがあり、自然豊かな環境に囲まれた東京国立近代美術館。散歩がてらに訪れるのもおすすめです!そして「民藝」に興味がある方は、目黒にある「日本民藝館」の方に足を運んでみるのもいいかもしれませんね。
<東京国立近代美術館情報>
住所 〒102-8322 東京都千代田区北の丸公園3-1
TEL 050-5541-8600(ハローダイヤル)
アクセス
東京メトロ東西線「竹橋駅」 1b出口より徒歩3分
東京メトロ東西線・半蔵門線・都営新宿線「九段下駅」4番出口、半蔵門線・都営新宿線・三田線「神保町駅」A1出口より各徒歩15分
「柳宗悦没後60年記念展 民藝の100年」
会場 東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー、2F ギャラリー4
会期 2021年10月26日(火)~ 2022年2月13日(日)
休館日 月曜日[ただし2022年1月10日は開館]
年末年始[12月28日(火)~ 2022年1月1日(土)]、1月11日(火)
開場時間 10:00-17:00(金・土曜は10:00-20:00) *入館は閉館30分前まで