「地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング」展
はじめに
六本木にある森美術館は、私設美術館ならではのユニークな展覧会を多く開催しています。今回はこちらの美術館で開催されている「地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング」という展覧会を訪れました。なんとこちらは、新型コロナウイルスの影響を受けて企画されたものだとか。どのような内容の展覧会なのでしょうか?
“地球がまわる音を聴く”とは??
展覧会のタイトルにもなっている「地球がまわる音を聴く」という一節は、オノ・ヨーコさんのインストラクション・アート(作家からの指示そのもの。または、その記述自体を作品としているもの)から引用しているとのこと。オノ・ヨーコさんは音楽家でもあり現代美術家、そしてビートルズのジョン・レノンさんとご結婚された方でご存知の方も多いですよね。今回の展覧会は、新型コロナウイルスの世界的な流行によって日常が劇的に変化した私たちに、アートがどのような意味をもつのかを問い直すという内容のものでした。また、タイトル内にある“ウェルビーイング”(心身ともに健康であること)という言葉にも主催者側の意図が表れているように思います。アートだけでなく、自分自身の生き方を顧みるきっかけとなりそうです。
五感で鑑賞する。ヴォルフガング・ライプとは
ヴォルフガング・ライプさんは私が注目している作家の1人。今回観ることができたのは、花粉を使った「ヘーゼルナッツの花粉」、大理石に牛乳を注いだ「ミルクストーン」など。いずれもライプさんの代表作です。彼の作品には詳しい解説はないけれど、視覚や嗅覚など5感に心地よく響き、言葉にできない感動に浸ることができます。作品がもつおおらかで素朴、質実な雰囲気は彼が東洋思想に影響を受けたからかもしれません。蜜蝋独特の豊かで幸福な香りに包まれる作品「べつのどこかで—確かさの部屋」では、生きる喜びがふつふつと湧いてくるような時間を経験しました。自然の恵みと人の精神には深い関係がある…そう思わずにはいられません。
写実的に描かれたゆえに…
エルン・アルフェストさんの作品は、具象絵画(対象物を具体的、写実的に描いた絵画のこと)でありながら、一見何が描かれているのか分からない、という奇妙な感覚に陥ります。しかし、注意深く画面をみつめていくと、質感や色味のグラデーションを手掛かりに「これは…樹皮?」などとぼんやり認識することができます。なぜ鑑賞者がこのような不思議な体験をするのかというと、画家が途方もない長い時間を使って観察し、モチーフを描写しているから。忠実に描く故に、本物と認識しづらくなってしまうというのは面白いですよね。膨大な時間を使って制作された絵画たちは、そのかけられた時間をもあれこれ想像することで鑑賞者を刺激してくれるように思います。
アーティストと社会問題
飯山さんという方の作品は、ストレートに社会問題を取り上げた作品でとても印象に残りました。DV(ドメスティックバイオレンス)の被害者と加害者へのインタビューはあらゆるメディアで報道されている事実よりも生々しく、思わず足を止めてしまいました。鑑賞者の中でもじっくり作品を見入る人や足早に去る人、さまざまな方がいました。作家自身DVを受けた経験から生まれた作品もあり、漠然とですが「自分の人生を生きるってどんなことだろう。」と考えさせられます。飯山さんは他にも人の歴史や営みに迫るような作品を手掛けているとのこと。他の作品も拝見してみたいです。
ダイヤモンドとガラスで表現された曼荼羅
展覧会もクライマックス、目に飛び込んできたのは巨大なガラスとダイヤモンドが使われた「子宮とダイヤモンド」という作品。両界曼荼羅を表しているそうで、会場内で存在感を放っていました。曼荼羅とは宇宙や天上世界を表している図のようなものということですが、私達は曼荼羅と聞くと、絵具を用いて布や紙に描かれているものを想像するケースが多いのではないでしょうか。硬く高価なダイヤモンド、そして鑑賞者を次々と写し出すガラスを用いて曼荼羅を表現することで、作者ならではの解釈がみえてきます。宗教思想とアートとの関係性を考えさせる作品でもありました。
展覧会を観て
今回は、有名な作家から知る人ぞ知る作家までたくさんの作品が出品されていました。さまざまな作家の表現を一度に鑑賞できるからこそ、展覧会のテーマについてあれこれ考える余地が生まれるので、多種多様な作品が観られたことは良かったですね。どのような展覧会であっても、あらかじめ用意された正しい答えは無く、どう感じるか?どう捉えたのか?を最終的に鑑賞者にゆだねるものだと思うのですが、今回は特にその傾向がみられたように思います。紹介させて頂いたエルン・アルフェストさんや飯山由貴さんも今回初めて知ることができた作家さんでしたが、ご自身の表現で社会、ひいては世界と向き合われていることが切々と伝わってきました。個人的には、ライプさんの作品をまとめて観ることができたことも大きかったですね。彼の作品は、会場内でじっくりと観たつもりでいましたが、またいつか観てみたいです。そう思わせてくれる作家に会えたことに感謝です。
さいごに
ある1つのテーマのもと作品が集結する展覧会は、多種多様な表現が集まり大変興味深いものです。作品との一期一会を大切にできるひとときとなりました。興味のある方はぜひ足を運んでみてくださいね。
<地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング>
会期:2022.6.29(水)~ 11.6(日)会期中無休
開館時間:10:00~22:00(最終入館 21:30)※火曜日のみ17:00まで(最終入館 16:30)
会場:森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階)
東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー
アクセス:東京メトロ日比谷線「六本木駅」1C出口 徒歩3分(コンコースにて直結)
都営地下鉄大江戸線「六本木駅」3出口 徒歩6分
都営地下鉄大江戸線「麻布十番駅」7出口 徒歩9分
東京メトロ南北線「麻布十番駅」4出口 徒歩12分
東京メトロ千代田線「乃木坂駅」5出口 徒歩10分
※変更の可能性もありますので、足をお運びの際には事前にご確認ください。